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長野地方裁判所諏訪支部 昭和33年(た)6号 決定 1960年5月20日

被告人 小平尚重

決  定

(請求人氏名略)

右の者に対する放火被告事件について、長野地方裁判所諏訪支部が昭和二十六年九月六日言い渡し、昭和三十一年六月五日確定した有罪の判決に対し、同人から再審の請求があつたので、当裁判所は、請求人および検察官の意見を聴いたうえ、次のとおり決定する。

主文

本件について、再審を開始する。

理由

本件再審請求の理由の要旨は、

請求人は昭和二十六年九月六日長野地方裁判所諏訪支部において、放火被告事件につき、「請求人は昭和二十六年一月三十一日夜諏訪郡豊平村(現在茅野市)南大塩所在通称観音堂で行われたナトコ映画を観賞していたが、些細なことから面白くなくなり、映画会の中途から自宅の方へ帰る途すがら、牛尼清一郎方の小屋に放火しようと決意し、同日午後九時半頃諏訪郡豊平村(現在茅野市)南大塩二七七九番地所在の牛尼清一郎所有の物置小屋の所にいたり、所携のマツチ(昭和二十六年証第五一号の一)を以て、同小屋の北側軒下に立てかけられてあつた茅に点火し、これから右小屋に燃え移らせて右小屋を焼燬した。」との趣旨の認定事実に基き、「請求人を懲役二年に処する。未決勾留日数中六十日を右刑に算入する。訴訟費用は、請求人の負担とする。」との有罪の判決の言渡を受け、これに対し控訴審において控訴棄却、上告審において上告棄却の各判決があり、昭和三十一年六月五日前記有罪の判決は確定した。

しかしながら、

第一、第一審判決(以下原判決という)の証拠となつたマツチ小箱(使い残り軸木在中)一個(昭和二十六年証第五一号の一)は司法警察員により偽造されたものであることについて、

右軸木は、司法警察員において本件に何ら関係のない軸木を右マツチ小箱に入れて、右証拠を偽造したものであることが、小平さとめ、小平伝重、請求人本人により証明された。

第二、司法警察員において、請求人の司法警察員に対する第六回供述調書添付図面を、職権を濫用して虚偽の記入をして作成したことについて、

司法警察員作成の右図面には、前記観音堂から本件火災現場までの間の距離を五三〇米と記載されてあるが、これは右司法警察員において、その職権を濫用して事実に反する虚偽の距離を記載し作成したものであることが、土地家屋調査士宮坂俊行作成の測量図面により証明された。

第三、原判決において請求人が昭和二十六年一月三十一日本件犯行に使用したと認定されたマツチ小箱(昭和二十六年証第五一号の一)について、

右マツチ小箱は昭和二十六年三月十六日請求人宅内の請求人の居室において、司法警察員により押収されたもので、原判決引用の請求人の司法警察員に対する供述調書(昭和二十六年三月十六日附)において「請求人において本件犯行当日右居間の南東隅に投げ棄てておいた」との記載があり、また請求人の検察官に対する供述調書(昭和二十六年四月四日附)において「請求人は昭和二十六年二月二日頃右居間に投げて置いた」との記載があるものであるが、北沢きぬおよび溝口かんにおいて昭和二十六年二月二日請求人宅を訪問した際、請求人方家人により右居間が清掃されたこと、したがつて、右マツチ小箱は本件犯行に供されたものでないことを証すべき北沢きぬ、溝口かんが新に発見された。

第四、請求人において本件火災発生時刻頃右観音堂から本件火災現場に向つて赴いたことはなかつたことについて、

増沢武、宮坂久衛において昭和二十六年一月三十一日午後九時過頃右観音堂から本件火災現場に通ずる一本道である山寺南大塩線を、本件火災現場方向から右観音堂方向に向つて通行したが、請求人に出会わなかつたことを証すべき増沢武、宮坂久衛が新たに発見された。

第五、原判決引用の請求人の司法警察員および検察官に対する供述調書における請求人の供述内容に信憑性がないことについて、

原判決には引用されていないが、請求人の司法警察員に対する第一回供述調書には「請求人は昭和二十年四月十五日午前四時三十分頃牛尼今朝次方から牛一頭を盗み出したが、当時月は出ていたが真暗であつたこと、および右牛は豊平村(現在茅野市豊平)南大塩農協裏の小平稲荷から山寺部落に通ずる作場道につないでおいた」旨の記載があるが、昭和二十年四月十五日午前四時三十分頃は日の出前約十七分で、晴天であり、かつ月は出ていなかつたことおよび右作場道は存しないこと、したがつて請求人の右供述内容は客観的な事実と相違しているため、原判決引用の請求人の右調書の供述内容も信憑性がないことを証すべき諏訪測候所作成の書面および茅野市豊平南大塩農協裏の小平稲荷から山寺部落にいたる現場の状況が新たに発見された、

第六、請求人が本件火災発生当時すなわち昭和二十六年一月三十一日午後九時半頃前記観音堂内に居つたことについて、

請求人が本件火災発生当時右観音堂内に居つたことを証すべき柿沢いつ子、柿沢恒夫、柿沢忠治、矢沢まき子、竹田明が新たに発見された、

というものである。

よつて先ず以下第六点について判断する。

当裁判所における証人柿沢いつ子の証人尋問調書(昭和三十三年六月二十三日)中、「私(証人)は昭和二十六年一月三十一日夜観音堂で行われたナトコ映画会に行つた。映画が一旦終り、討論会に移る時、私は討論の指名でもされては厭だつたので、入口近くまで退つて討論会を見ていたが、請求人は討論会になつてからも観音堂内の炉にあたつていた。私はそれから間もなくして(註時間はわからない)、柿沢恒夫とその友人と共に自宅に帰るべく観音堂を出たが、その時も請求人は観音堂内に居た。そして私は観音堂から本件火災現場方向に歩いて一、二分間の距離にある自宅に帰つた。私が帰宅してから一、二分間後に半鐘が鳴らされた。」旨の記載、同柿沢恒夫の証人尋問調書(昭和三十三年六月二十三日)中、「私(証人)は昭和二十六年一月三十一日夜観音堂で行われたナトコ映画会に行つた。私は映画が一旦終つて電灯が点き、討論会になつてから観音堂の入口附近に居たところ、柿沢いつ子が来て、同人から、寒いから同人宅に行こうと誘われたので、友人柿沢忠治を誘つて三人で柿沢いつ子宅に行つた。私は柿沢いつ子宅の庭で小便をしてから部屋に入ろうとした時、半鐘が鳴つた。」旨の記載、同証人柿沢忠治の証言調書(昭和三十三年六月二十三日)中、「私(証人)は昭和二十六年一月三十一日夜観音堂で行われたナトコ映画会に行つていた。映画が一旦終り電灯が点いて討論会が行われていた時、柿沢恒夫が来て誘われたので、私は同人と柿沢いつ子と一諸に柿沢いつ子宅に行つた。私が柿沢いつ子宅に着き、庭先で小便をしてから部屋に入つていると半鐘が鳴つた。私が観音堂から柿沢いつ子宅まで行く時間と、同人宅に着いてから半鐘が鳴つた時までの時間とはほぼ同じ位であつた。」旨の記載、同証人矢沢まき子の証言調書(昭和三十三年六月二十三日)中、「私(証人)は昭和二十六年一月三十一日観音堂でナトコ映画会が行われた際、青年団女子部長として映画の準備をしたり、後仕末をしたりした。映画は途中で一旦終り、十分間位討論会が行われ、更らにまた映画が行われた。討論会から映画に移つてから間もなく(映画が始まりそれがどんな映画かわからないうち)、火事だ、という叫びが起つた。」旨の記載、当裁判所における竹田明作成の「ナトコ映画会の開催について」と題する書面の「私(竹田明)は昭和二十六年一月三十一日夜観音堂で行われた討論会を司会したが、私は討論会を約十分間行う旨告げて司会を始めたが、発言が少いこと等の事情で早々に打ち切つた。」旨の記載によれば、請求人は右映画会が一旦終り討論会に移つてからも観音堂内に居たこと、柿沢いつ子において請求人が観音堂内に居るのを見てから二ないし四分間後に本件火災が発生したことが認められる。しかるところ、当裁判所の検証調書によれば、右観音堂から本件火災現場にいたる途中に柿沢いつ子宅が在り、右観音堂から柿沢いつ子宅までの距離は八三米、観音堂から本件火災現場までの距離は八六八米であることが明らかである。してみると当裁判所における右証拠によれば、請求人において観音堂から八六八米離れた地点にある本件火災現場まで二ないし四分間で行き着くことは通常の方法では不可能であるので、前記各証人の証言が措信すべきものであるならば、請求人は本件犯行を実行していないことが明らかであり、したがつて請求人の警察および検察庁における自白は虚偽であることになる。しかるところ、当裁判所が新たに取り調べた鑑定人林章の鑑定書によれば、「請求人は主として五才頃罹患した脳疾患による後天性の精神薄弱者で、その程度は痴愚者というべく、智能指数五八、かつ脳炎後遺症に見る性格異常に近い性格面の障害があり、落ち着きなく衝動的で抑制に欠け、自己中心的で、感情や意思の動きも単純で、小児的な未熟な人格行動が目立つ人物である。環境による被影響性も強く、或る程度病的虚言というべき傾向がある。以上の如き状態からみて、本人を拘束して事実を取り調べるにあたつては、本人の本質を充分に理解して慎重に取り扱う必要があり、然らざれば智能低格と性格の異常と相俟つて真実に沿う供述の妨げられる虞が少くないと考えられる。」というのであつて、この新たな証拠により請求人が環境による被影響性が強く病的虚言の傾向を有することが明らかにされた。

してみると、原判決引用の請求人の司法警察員に対する第二ないし第五回供述調書、同人の検察官に対する第一回ないし第三回供述調書中、請求人において昭和二十六年一月三十一日夜観音堂から出て同日午後九時半頃本件火災現場にいたり本件放火をなしたとの記載部分は、前記各証人の証言と対比して虚偽の自白であると断ぜざるを得ない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、本件については当裁判所において取り調べた右証拠の存在によつて無罪を言い渡すべき明らかな証拠が新たに発見されたものというべきであるので、刑事訴訟法第四百三十五条第六号、第四百四十八条第一項により、本件について再審開始の決定をすることとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 馬場励 堀江一夫 磯部喬)

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